昭和42年10月28日 夜の御理解
親から信じてもらいたい、子供から信じてもらいたい、誰でも信じてもらいたい。そこにまた、本当の心の交流もあれば幸せもある。それでお互いが本当に主人を信じたいと思う。家内を信じたいと思う、親を子供を信じたいと思うのですけれども、信じられない。そこに不安がある。そこに不幸せの元があるのですね。神様に信じられたい、また信じた
い、けれども、どうも神様がござるやらござらんやら、時々ぼんやりしてくる時がある。大体神様は聞いて下さっておるじゃろうかと。もうこれは信じてない証拠なのである。
これで神様から信じられるはずがない。神は信ずる氏子を信じると仰せられるのですからね。そこにあの、信じ信じられるところに、この人間の本当の幸せがある。神様から御信用を受ける、いわゆるお徳を受けるというのである。信者は先生を信じたい、ね、先生も信者を信じたい、そこに教会の発展もお互いのおかげの頂けれる道の交流もあるわけだけれど、どうも親先生がああ言いなさるけれどもと、それをまず信じられない。そこにいつも不安、言うならばその心配におののいておらなければならない、ね。
不安になる、焦燥になる、もうたまらない、夜が眠られないようになるということにまでなってくるのですね。夜眠られない、これはもう、言うならばお取次ぎの働きというか、親先生の信心と、金光大神を信じていないとと同じことなんだと、ね。
今日、御祈念のすんだ後でございました。久留米の、岡崎さんですね、毎日参っておみになられます。なかなかいい信心されます。今日ここへ参って、座る前に言われますもん、親先生あなたは偉かですねとこう言うんですよ。えらいまためん玉に、何がそげんえらかの?、( ? )じゃあるねて言うてまた、いいえ、親先生はえらいっち言うんですよ。どうしたのですかって言うたら、岡崎さんがおかげ頂いたそうですねとこういうわけなんです。じゃない、笠さんが。
そらもう笠さんのことは久留米地区の方は非常に心配、銘々が自分のことように願ってあげたり、心配したりしてあげてるわけなんです。と言うのは、もう一年このかた、もうその、家を出らなければならなくなった。しかも小さい家じゃけん、あれだけの自動車修理工場もとものうておらなければならない、親子、5人の住まいもついておらなければならないというふう、なかなかない。そら金さえ出しゃあどこにでもありましょうけれども。
そして笠さんは非常に気の、まあ言うなら小さい方ででしすね、もうお得意さんが止まられてはまた困るし、子供達が三人学校行きよったのがまた、学校変わらねばならないことじゃまた困るからということを真剣に考えておられるのですね。ちょうど一週間ばかり前に笠さんところにどげなふうになりよるのっちちから心配なもんで行ったっちゅうわけなんですね。
私はもう親先生にお願いしとるけんで、したら奥さんが出てきてから、お父さんあなたはもう本当にもう親先生親先生ち言うちから、もうあなた一週間しか後がなかってすよっち。もうそげん親先生、親先生ばっかり言うとったちゃ、あなた、本当どうかしなさらないかんですよっち、ちちから、もうその岡崎さんがそれをもうあなた一言言うて下さいち言わんばかりにその悔やまれたそうです。いんえ、もうここまで信じてから今ごろどうするか、あの親先生が言いなさる通りに一年間動いてきたっちゃから、あそこにも土地がある、ここにも家があると言うけれども親先生がそこはいかん、ここはいかん、そこはまあ待っとけというふうに、全然お許しを下さらない。
とうとう、あと一月という時になったら、とにかくあちらの家主さん地主さんという方が、まあ笠さんが言われるのに、本当に仏様のように良い方なんですね。岡本という、岡崎じゃなかった、何だ、塚本という醤油屋さんなんですね。
ちょうど一月前にみえてから、もう家今月いっぱいだが、もうどげなんふうにしよんのと、まあもう一年経ったけれども、あんたがまだこうこう探しよるふうでもなかが、ね、まだ親先生からお許しを頂きませんからと。もうこげなんとばっかりはいくら金光様が頂かれるような金光様がご利益なさるっちゅうたってですね、そげん決して家やら屋敷が天から降ってはきやせんばのっち。私もいい加減、私はあんたを信用しとったけれどもですね、もう言うならば辛抱がでけんと。
だからもう、私も一遍その椛目の先生ちゅう人に会うてみたいちゅう。まあそんなら是非会うて下さいというので、ちょうど一月前にみえられました。それで、ちょうど朝の御祈念を終わった後、ちょっと、閑散な時でしたから、裏に入って頂いてから、まあいろいろとですね、本当にご心配かけてすいませんと、それでいよいよ、私は今日笠さんに、もう後一月だけ待つことにしましたから、先生どうかよろしゅうお願いしますというのが塚本さんの言でございました。
本当にもうご迷惑かけてすいませんけれども、決してご迷惑かけるようなことは私はしません。ですからもうこの一月後のいよいよん時には、椛目もああして大きな家が空いとりますし、またそれだけしかおりませんから、前の自動車置き場はあれだけ広うございますからと、まあ自動車を持ってくるようなことは分からない。まああそこに例えば、もういよいよん時には移ってもらうというでですね、ところで一月後には必ずおかげを頂くようにお願いをさしてもらいよりますからと言うてお話をいたしました時にですね、塚本さんがもうほとほとと関心されましたですね。
と言うのはですね、はあ、笠さんがですね、親先生親先生と言うて、こげん信じられる人をもっておるということは人間の幸せですばいっち。私、信じられなさる先生もえらいけれども、信じなさる笠さんもえらいと言うてから、また改めて笠さんを見直したように言われましたですね。ご自分も大変おかげ頂いて、これは余談ですけれどもあの、木下葬儀店が来る時にあの、尺八を吹くでしょう、ずっと。あの尺八を入れられたのが、塚本さんのご主人だそうですね。尺八の名手だそうですよ。それでまあ、そげな趣味のことやら、自分がこの、梅林寺に座禅を組みに行くことやら信仰的な話を、やっぱそうでしょうね、そんな笠さんが言われるように、仏様のような人だと言われるくらいですから。
しかもそこを貸してられるのがもう無償のようで貸してあるとですよ、笠さんを見込んで。で、今度西鉄のああいう依頼がございましたので、今度はどうでもこうでもそこ、笠さんに立ち退いてもらわなければ、町に対してもすまんということになってるわけですね。ところが笠さんがもうぎりぎりなられるけれども、いっこうに建てれるもんでもないもんですから、しびれをきらして、んならあんたがいう椛目の先生という人にひとつ会うてみようと言うて、みえたのが先月でございました。
そん時に何に感激したか、やっぱそういうような信じ信じられものをもっておるということは本当に素晴らしいことだといったようなふうに感銘されたんでしょうね。私もこれから少し生き方を考えなきゃいけませんと言うて帰りなさったら2,3日からまたみえられました。したら、これは私共でできる一番最高の醤油でございますと言うのを醤油を三本とですね、おビールを1箱持って、まあそうぞよろしくお願いしますちゅってお礼参りされました。
そこまでなら、塚本さんが私をまた信じられたわけでございますから、やはりどうでもおかげ頂かねばならんのですけれども、さあ、もう後10日になったけれども、いっこうにその、みえません。それでとうとう主人があちらに行かれましてですね、もういよいよ後10日になったら、もう今から土地を探したっちゃ間に合わんばのとこういうことになったんです、ね。
それでまあ、少しその、まあひどく言われたらしいですね。ここまで私もあんた達を信用しとったけれども、今度はもうどげんこげん言うたっちゃこの次だけで出てもらいますよと、もし行かんならば、あんたどんが親子5人どっか、住まえる家だけでも探して、とにかく出てもらうだけは出てもらいますよと言うて、まあいつもにないきつい言葉であったから、その時ばかりは笠さん夫婦がもう本当にもう、あおなにしおのようにしてから、もう夫婦で、子供さん連れで参ってみえられました。それがちょうど一週間ばっかり前でございました。
毎朝参ってみえるけれども、奥さんも一緒に参って来ました、ね。そして、言われることはです、もういよいよ後一週間、後8日になったんですけれども、まあ塚本さんは今度は、言わば血も涙もないようなことを言われるんですね。今度はもう絶対、家だけ、その住まいだけでも空けてもらわなきゃならんとこう言われる。私としては、まあここ4,5日でも待ってもらえりゃどうとかなろうとこう思うような気もするけれども、その4,5日も待たれんごたるふうに、もう今度はもうぎりぎり今月ここを出てもらわんならんと言われるこう言うのですね。
で、私は申しました。もうそん時の私は少しそのまあ、声を大きくして言うたんです。本当、笠さんもう、さあ後、8日、あと7日でから神様がおかげばやるっち言いよっとと同じことですよっち。そういう仏様のような塚本さんがです、もういよいよ後一週間しかでけんて言いよんなさるならば、もう神様が後一週間でおかげをやると言うのと同じことですよと。それをほんに二日待ってもらうとよかばってん、もう一週間待ってもらうとよかばってん、そげなことではおかげは受けられませんよちゅって、ね。
まあ夫婦の者が腹決めて、もうどげなことがあったっちゃ今月末にはほんなこて畑の中にでん、山に道具を出してからでん、移るという腹で塚本さんに返事をしときなさい。まあそう言われて今日、帰られました。したらすぐまた、お届けに見えられましてですね、ちょうど、その土地ブロカーの方がみえましてから、どこどこに家がこうあるから見てくれとこう。その話なら2、3ヵ月前から話があっておった。と言うのはあの近所にちょうど光橋先生がおります、2,3丁先に風呂屋さんが空いてるわけなんです。そこはもう本人同士で売ってくれ買うてくれということじゃけども、えらい高いことを言うておられたんです。したら神様はそん時にですね、もうそげな家は私の方には向かんからいらんちはっきり断っとけということでした。
だから、風呂屋さんももう諦めちゃったわけですね。ところがお風呂屋さんもそのガランとした家だし、上に住まいはあるけれどもですね、もう人がやはり買い手がつかん、住まい手がつかんわけなんですね。風呂屋さんの後ですから。それでその、まあ、ブロカーでも頼んだというわけなんです。そのブロカーの人がまあ笠さんの所に見えてきたわけなんですね。
そこで、その笠さんがここでそのことを、ああそこならばもう中にその、中に立ってもらうことはいりません、もう3ヶ月ぐらい私共、本人同士で話し合うたけれども、まあいろいろな事情であちらが断っとるとですからと言うて、ブロカーの方に帰ってもうてから、すぐお伺いにみえました。そしたら神様がね、どれぐらいお金を負けてもろうて、そして話をまとめよということじゃった。
それからそれ言われた通りに言われたところが、もう向こうもそれこそ手をつけて待っておるようにしてからですね、もうなら私が言われる金額にいたしましょうということになって、値段も大変安くしてもらって、その苦労を、んなら売ろう買おうということになって、その翌日は50万の手付を打ってから決まったんです。それまでにですね、その2,3ヵ月の間に素晴らしい働きを頂いてある。その金を負けてもろうただけのこっちゃあないです。さあ奥様悔やまれるもんですから、奥さんの里はお百姓さんで、沢山金持っちゃる家なんですね。
それで、もうそのあんまりぎりぎりになって笠さんがしておられるもんですから、もうりゅうさんもう200万300万のこっちゃなかばの、もうこれは後で買うときさえすりゃ上がるとじゃけんで、金は私でどうかするけんで、買うことにせんのと言うて、金の工面のことまでお父さんがその時のことを言うてきちゃった、ね。
ですからこちらから頼みに行くこともいらん、金の心配は、ね。それで、なら奥さんがすぐ、こげなことで、風呂屋ばこうして負けてもうちから、商いができたから、ほんならすぐ買いたい、なら50万さあ明日持っていけというようなことでスムーズに50万、手付を打って決めらして頂いた。ほらもう大きな風呂屋ですから、下はなんぼでもその、いわゆる自動車修理工場で使われて、2階はちょうど住まいになっておりますから、結構です。いわゆる学校も変わることもいらん、ほんな自分方から300メートルですからいっちょづつ運んだったっちゃ、一日かかりゃ、屋移りはすむ。いよいよ今月いっぱいで、移ることができるようになった。今朝から笠さんみえてからですね、先生昨日、塚本さんがみえて頂きまして、もう私の言うことをこうこうゆさぶって、笠さんよかったねっちゅうてから涙してからそのことを話したっち、ね。
本当に椛目の親先生が頂くとがこげなことおかげ頂いたのと言うてからその、肩をゆすぶって、大家さんが喜んで頂きましたと言うて、今朝からお届けに出てまいりました。その話をです、岡崎さんが聞いてきちゃるわけです。もうそれを聞いて、もう本当に笠さんがどうなることじゃろうという時に、どうも自分でも心配しちゃあならん自分でも、まあいよいよ不安なんですよね。けど、不安な時には心配な時には、それこそ頭をうちぶって自分で心配しちゃあならん、心配は神様にしてもらわにゃならん、心配は親先生にしてもらうほかになか、とこう、ここですおかげを受けるのは、ね。心配する心で信心せよと仰ることは心配は神様に預けよと仰る。氏子が心配すると神が心配せんですむと仰る。神様が心配してもろうたら困るでしょうが、ね。神様に心配をしてもらわにゃいかん。
で、お参りでもさしてもらい、修行でもさして頂いておると、必ずおかげになるというその確信が生まれてくるのです、ね。そこにはですね、おかげになるということはもう親先生任せになっておって、地獄であろうが極楽であろう、もうそれから先はもうあなたに任せるという、強いものがなからなきゃならんことはもちろんですね。
もう本当に一年間どうにもできなかった問題はもうほんのさあ、いよいよ後、何日という時になってから、本当に向こうから言われるように、たった300メートル離れた所に、屋移りができるようなおかげを頂いたとこういうわけ。
親先生、私もう全部親先生任せで体験を頂いとるばってん、こげな鮮やかな話は初めて聞いたと。実を言うたら椛目では皆そんなおかげ頂いとりますんですよね、ここの内田さんの場合でも、久保山さん辺りの場合でも、それよりももっと深刻でした、実は。久保山さんの場合だってあの、内田さんの場合だったですよね。やっぱり家の問題でしたけれど。けれども本当に時間きったようにおかげ頂くんですよね。本当に任せきり、その力というのが、偉大なんです。
それがそのそういうおかげ頂いたということだけがおかげじゃないのですよ、ね。そういうふうに神様を信じぬいたというところにです、神様からまた信じられるものが生まれてくることなのです。これが素晴らしいのです、ね。まあその間よりももっと不安なこともありゃ心配なこともある。それこそ奥さんじゃないけれども、親先生親先生と言うて、親先生ばっかり頼っとってどうするですか、どうかせにゃというような心配もあるんだけれど、そこは毎日日参して修行さして頂いておるから、そのことが信じられるわけなんですよね。
そういうようなことでございます。信じ信じられるというのは、そういうようにしてできてくるのじゃないでしょうかね。
今日、本当にもう、御祈念の後でございました。吉井の熊谷さんが昨日、お参りになりませんでした。もう絶対、車、第一におかげ頂くて言うておられたのに、お参りしてみえられんのですよね。それがあの、今朝からお参りしてみえられてから、先生、昨日は本当にご無礼しましたと言うてから、みえて、この最後に妹さんが嫁行っておられました。さいごのところへ、義理の妹さんです。
それがあなた、昨日のたいへん、光橋先生とこのご大祭の後でございました。朝、3時頃でした。電報電報って起こされるから、東京何かあったじゃろうかと思うてそのまま来たっちゅう。そしたら、電報で見たところが、ん?一郎か、古賀一郎、ね、「一郎死す、すぐ来い」という電報であった。一郎というのはその妹婿のことです。もう親先生驚きましたちゅって言うんですよね。まだ42か3かだそうです。
亡くなったことも驚きでしたけれどもですね、もう本当に15年か16年前でございましたけれども、この妹さんはりょうこさんちいいます、熱心に娘ん時、お母さんと一緒に川島から参って来よりました。で、そん時に、(つつい)と(さいごう)と二件からその、縁談があったんです。それで神様はどうでも(つつい?)がよいちゅうことじゃった。
椛目であの時代に椛目に見合いをしまして、両方が気に入って(つつい?)の方に婿をもらおうということになっとったんです。ところがあちらがお百姓さんで柄が悪い。だから兄弟達が承知しないということでございました。したら、さいごうの方は物持ちでもあるし、行ってお爺さんとご主人と三人で、百姓もちょこっとばかりしかしてないし、主人になる人はその当時、草野銀行に勤めておられました。
現在はちょうど、福岡福銀の北野支店の支店長代理を現在勤めておられた、ね。少しその、家が何かその日は、まあ酒か飲み事か何かあって遅う帰られたそうです。帰って、いつもと何もない状態で帰ってみえられましてですね、こうちっと靴を並べて、かばんもいつもんところに置いてから、風呂場にこうやってうつぶせになったげな。そのまま死んじゃった、心臓麻痺で。
もうそれは本当にそれはもう、まあびっくりしたことでございましょうがですたい、私はよりびっくりしたことはですね、本当に15年ももう親先生がそれはいかんちあれほど仰った。だからいかんちゅうとこに嫁行ったもんじゃけん、それっきり信心も参って来られなくなったわけなんですよね。
本当に神様任せ、神様の仰ることということはもうこんなにも、いやまあだ30いくつかで後家にならなきゃならんが、本当にそれも神様のご都合でしょう、一月前ちょうどその、田主丸の駅で妹と会いましたっち。ちょうどあの、高塚の地蔵さんに参られる連中と一緒でございましたから、またこの人は、高塚の地蔵さんにどん参りよるばいのと思うたから、りょうこさんあんたどっちへ行きよんのちゅったら、ははあ、ちゅって笑うてからその、またねえさんとこう言われると思って言わっしゃらんげな、ね。
本当にあなた金光様があんたの
(途中切れ)